Turkey

【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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Turkey

【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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Turkey

【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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Turkey

【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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Turkey

【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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Turkey

【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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Turkey

【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。

メフメドさん

ドゥバヤジット付近には、ノアの方舟やクルド人村など、自分の足では行くことのできない名所が散在している。彼に頼めばタクシーの手配や場所についての解説もしてくれるので、お勧めだ。

ちょっとお節介で、自分のことよりも他人に何かしてあげたい、そんな憎めない人だ。私は2日間に渡り彼のお世話になった。

ドゥバヤジットの観光名所

現存する貴重なトルコ建築〜イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿

イサク・パシャ宮殿は、ドゥバヤジットの街の南東にある宮殿。
1685年に建設が始まり、1784年に完成した。
現存するわずかなトルコ式宮殿の一つで、イスタンブールのトプカプ宮殿に次いで重要な位置を占めている。

宮殿の中は、調理場や牢屋、王や妃が住んでいた部屋や客間など、いくつかのセクションに分かれている。
それぞれ、装飾や建てられ方にも意味があり、解説を受けながら巡るとさらに楽しい。

イサク・パシャ宮殿

これは図書館として使われていた部屋。
天井がドーム型になっていたり、イスラム教のお祈りのための場所があったりと、昔はお祈りにも使われていたのかな?と思わせる建築だ。

イサク・パシャ宮殿

20世紀に起きた戦争の際、トルコ軍がこの建物を使っていたそうで、その時の炊事の跡が今も残っていた。

イサク・パシャ宮殿

この宮殿、あまり保存状態が良くなく、変に屋根がつけられていたり、改築されていたり、と残念な箇所が多々あった。メフメドさんもそれを嘆いていた・・・。これから、この歴史のある景観が損なわれないように保存していってほしいものだ。

イサク・パシャ宮殿の入場料は5TL(約100円)。
街からは6kmほど離れているので、タクシーで行くのが無難。
私はメフメドさんのツアーで連れて行ってもらった。

山あいで伝統的な暮らしを送る〜クルド人村

クルド人村

イランとの国境近くの草原の広がる場所にクルド人の村々が点在しており、その中の一つにお邪魔した。

彼らは寒暖差の激しい厳しい場所で、伝統的な暮らしを送っているようだった。
外には家畜の糞が乾かしてあった。燃料として使っているそうだ。

クルド人村にて

お邪魔した家の人々はみな暖かく私を迎えてくれて、一人のおばあちゃんなんかしきりに「ここにお嫁に来なさい!」と言ってくる(多分そう言っていた)。

クルド人村

ここにくるまで、実はクルド人、という名前は聞いたことがあっても、彼らに次いてなんの知識もなかった。
クルド人は、今でも自分の国が持てていない民族の一つで、トルコやイラン、イラクなど広範囲にわたって暮らしている。若者たちの中には、今でも自分の国を持ちたいと活動している人もいる。そんな彼らに興味を持つきっかけになった。

ドゥバヤジットに行ったら、ぜひ彼らの暮らしを目で見て、彼らについて興味を持ってもらいたい。

ノアの方舟が漂着した跡?〜ノアの方舟

ノアの方舟

アララト山の麓に、ノアの方舟が漂着した跡!?と言われている場所がある。
実際見てみて(上の写真)、「いや、どこがノアの方舟・・・?」と思ってしまったがGoogleMapのレビューを見ると信じている人は信じているようだ。

ノアの方舟

日本でよく見る「世界人類が平和でありますように」の柱がここにも!びっくり。

イランとの国境近く イランとの国境近く

ノアの方舟は置いておいても、この付近の景色は本当に美しい。
山の麓に広がる平野、平野に映る雲の影、その中で放牧している人々・・・なんだか別世界に来てしまったような気持ちになった。

おわりに

アララト山

トルコ東部、アララト山の麓の街、ドゥバヤジット。
観光地として有名なイスタンブールなどのあるトルコ西部とは文化や住んでいる人々が全く異なっており、同じトルコか?と疑ってしまうほどだ。

クルド人村では、世界には、まだまだ私の知らない人々がたくさん存在しているんだな、と実感した。同じトルコに住んでいても、トルコ人、と括ることはできない。また、その壮大な景色を見て、本当に同じ地球なのか?と思ってしまった。こんな美しい場所に暮らしている人がいるなんて、実際に行ってみても、不思議だった。

私はイスタンブールやエディルネといったトルコの西部も訪れたが、ドゥバヤジットを始めトルコ東部はとてもオススメのエリアだ。少し行くのに時間がかかるが、見たことのない景色を見たり、触れたことない文化に触れることができると思う。

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Turkey

【トルコ】アララト山の麓の街 ドゥバヤジットの巡り方〜観光スポット3選

クルド人村

イランからアルメニア、ジョージアと南コーカサス地方をめぐり、トルコの東の果て、アララト山の麓の街ドゥバヤジットへやってきた。イランとの国境に近いため、イラン系の人が多かったり、クルド人が多く住んでいたり。街や人々の様子は、イスタンブールのあるトルコ西部とは全く違っていた。

今回は、ドゥバヤジットで見るべき観光名所3つと、私が出会ったクルド人ガイド、メフメドさんについてご紹介する。

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ドゥバヤジットとは

ドゥバヤズット

イランやアルメニアと国境を接するトルコ東部の小さな街、ドゥバヤジット。
標高5000m級のトルコ最高峰、アララト山の麓にあり、街の標高は標高1600mほど。

歴史は古く、ウラルトゥ王国の時代(2700年以上前)まで遡ることができるそう。
その場所柄、古くからペルシア、アルメニア、ビザンツ、トルコ、などなど様々な勢力が征服を繰り返してきた。

19世紀にはオスマン・ペルシア戦争やロシア・トルコ戦争が起き、元々この地に住んでいた多くのアルメニア人が住む場所を追われた。その後、もともとアルメニア人が住んでいた場所にはクルド人が住み着いたが、トルコ軍がその地を破壊してしまう。
その後建てられた街がドゥバヤジット。
「Doğubayazıt」は東のバヤジット、という意味で、もともとはイサク パシャ宮殿のあった場所(今の街から見て西側・上の写真の場所)に街があったそう。

今でも宮殿の近くにはボロボロに崩れた家屋を見ることができる。

クルド人ガイド、メフメドさん

私が街のメインストリートを歩いていて偶然出会ったのが、クルド人ガイド、メフメドさん。イランへのビザの手配やガイド、ホームステイなど広く観光業に携わっており、地球の歩き方にも彼のことが載っている。