2016中央アジアの旅

【2016中央アジア】カラコルでホームステイ!キルギスの人々の暮らしを垣間見る

大学4年の秋、大好きになった中央アジアに再び出かけ、カザフスタン・キルギスを旅しました。イシククル湖東の街カラコルでは、キルギスの首都、ビシュケクの宿で出会った人の親戚の家に泊めてもらうことになりました。

GDPランキング145位(2021年)のキルギス。カザフスタンから移動してくると、家々や道路、人々の服装など違いが大きく、驚いたことを覚えています。
それは、ホームステイ先のお母さんと話していても同様。
英語もロシア語もキルギス語も喋ることができて、世の中について私以上によく考えていて、そんな彼女がなぜこんなに経済的に貧しいのだろう?ととても疑問に思い、納得がいきませんでした。

そんな、いろいろなことを考えさせられたホームステイ。
まずはカラコルでホームステイしたお宅がどのように生活しているのか、ご紹介しようと思います。

◯日程
2016/10/27~29石家荘(中国)
2016/10/29~31北京(中国)
2016/10/31~11/2アルマティ(カザフスタン)
2016/11/2~11/4ビシュケク(キルギス)
2016/11/4~11/7カラコル(キルギス)
2016/11/7~13ビシュケク
2016/11/13~18アルマティ
2016/11/18ウルムチ(中国、トランジット)
2016/11/19~20フフホト(中国、内モンゴル自治区)
2015/11/21帰国

カラコルとは

カラコルは、キルギス第4の都市。イシク・クル湖東端に位置しており、標高は1,720m。
冬は寒さが厳しく、1月の平均気温は-13.2度。11月の初めに訪れたのですが、すでに雪が積もり、冬の訪れを告げていました。

カラコルの街 11月に入ったばかりというのに雪が積もっていた

この町は天山山脈へのトレッキングの拠点となっていたり、温泉やスキーリゾートもあるそうです。雪の積もった山々がとても美しかったです。

カラコル郊外 一面の畑と向こうに見える山々が美しい

カラコルでホームステイ

ホームステイ先の娘さんたちと一緒に

この美しい場所で、ホームステイをするという貴重な体験をさせていただきました。
経緯は、ビシュケクで宿泊していたホステルでよくお喋りしたキルギス人の工事屋さん。カラコルに行くという話をしたところ、カラコル在住の親戚に連絡をしてくれ、滞在させてもらえることになりました。

当時(といっても2016年ですが)キルギスでは1人1台のスマホすら買えない家族も多かったようです。使えるのは電話のみ。出発の際にカラコルの家族に電話をかけてもらい、もうすぐ着く時には同じバスに乗っていた方に電話をかけてもらいました。

途中、イシククル湖の南側で雪が積もってきて、バスがスタック。
男衆がバスを押し、無事走り出しましたが、ノロノロ運転が続き、カラコルに着いたのは暗くなってから。
心配されながらも、無事カラコルの家族と合流でき、車でおうちに向かいました。

伝統的なご馳走を作ってくれたり、アニマルマーケットや景観の良い場所に連れて行ってくれたり、郊外で農耕牧畜をしながら暮らす親戚のお家に連れて行ってくれたり、本当に感謝しています。

キルギスの人々の暮らし

カラコルのおうちでは、おじいさん、お父さん、お母さん、娘さんで暮らしていました。
一家で食卓を囲み、おじいさんが食べ始めるのを待って皆が食べ始める・・・という姿をみて、日本ととても似てるな、と思ったことを覚えています。

街中のおうちでも、庭ではちょっとした作物を育て、羊や鶏を飼うなど食料の一部は自分達で調達していました。

とても嬉しいことに、郊外にある農耕牧畜をして暮らす親戚のお家に連れて行ってもらったので、その時のことをご紹介しようと思います。

この景色を横に見ることのできる道を走り、親戚のところに向かいました。

カラコル郊外 一面の畑と向こうに見える山々が美しい
羊の群れ

庭には家畜のエサ?がこのように積み上げられていました。その大きさ、私と比べると一目瞭然です。

親戚のおうち
親戚のおうちの羊たち

せっかくだから、ということで、馬に乗せてもらいました。もちろん、一人では乗れないので、おうちのお母さんのサポートを受けながらゆっくりと・・・。
ここの人たちは皆、馬にどうやって乗るかを心得ているようです。

馬に恐る恐る乗る私

すると、近所の子供が馬に乗っているのを見かけました。
こんなに小さい子でも立派に馬に乗っているんだなあ・・・。

近所の子供

おうちではおいしいラグマンをご馳走になりました。

本当にありがとうございました!

ホームステイを通じて…聞いたこと、知ったこと、思ったこと

ソ連時代についての意見

カラコルのレーニン像 革命記念日のため花が置いてある

暮らしをおくる人々の近くに滞在し、彼らの暮らしを見たり話したりする中で、これまで知らなかったこと・気づかなかったことを聞いたり見たりして、色々なことを思いました。

一つ目が、ソ連に対する考え。

これまで旧ソ連や衛星国家の国々を旅して、「ソ連の時代はダメだったよね」、という意見を多く聞きました。例えば、KGBの存在や伝統文化が失われたことなどなど。
一方、カラコルでホームステイ先のおうちのお母さんは、英語もロシア語もキルギス語も話すことができ、学校では英語の教師をやっている教養の高い人物であるにも関わらず、「ソ連時代の方がよかった」、と考えているようでした。
キルギスは今では貧しい国ですが、ソ連時代は今よりも生活が楽だったこと、
隣人にはロシア人の家族が住んでいたがソ連崩壊後ロシアに帰ってしまったこと、
自分自身もソ連時代にロシアで働いていたこと・・・。

その後旅を終え、カラコルの歴史についてネットで調べてみると、ソ連時代は中国との国境に近く軍事都市として栄え発展していたこと、現在はその重要性は薄れ、人口減少が続くなど衰退の傾向にあることを知りました。
彼女が「あの頃のほうがよかった」と思うのも納得ですよね。

「ソ連は間違いだった」というのが当たり前のように思えてしまいますが、そうではない考えの人もいることを知り、さまざまな側面やさまざまな捉え方があることを前提に物事をみなければならないと改めて思います。

格差

ホームステイ先のお母さんは、都市と田舎の格差についても話していました。
彼女は学校の先生ですが、お給料はとても少なく、娘にスマートフォンも買ってあげられない・・・(2016年のこと。もしかすると、今ではスマホが主流になっているかも)。
一方、首都ビシュケクに住む親戚の娘は、アイフォンを買ってもらい、前はトイレに落としてまた買ってもらっていた。そんなことを話していました。

そのビシュケクに住む親戚の娘さんと私はホステルで話していたのですが、
彼女はマレーシアかどこかに留学に行くんだ、とも言っていました。
そんな勉強の機会もある都会の富裕層の子供と、田舎の貧しい家に生まれた子供。
6年くらい経った今、彼女たちは何をしているのかな・・・。

ジェンダー差別

私がおうちのお母さんとカラコルの街を歩いていると、道を通る車にクラクションを鳴らされました。
お母さんは、「若い女の子が歩いているから、からかっているのよ」と言っていました。
えええ、そんなことってあるんか・・・?少なくとも、もし一人で歩いていて背景を知らなかったら、とても怖いと思う。ちょっと複雑な気持ちになりました。

また、ビシュケクのホステルで知り合ったカラコルのおうちの親戚の男性。
彼は、「日本人女性はいい。きれいだし、キルギスの若い女の子みたいにタバコも吸わないし」ということを言っていました。
カラコル行きのバスで、途中休憩したパーキングエリアで男性に混じってタバコを吸っていたら、めちゃくちゃジロジロみられたのはそういうことか!と。

当時、「女の子がタバコを吸うのは、けしからん」という考えを持つ人が多かったらしく、ホステルで同じく知り合ったキルギス人の女の子(上に出てくる、いわゆる「都会の富裕層の子供」)もそれに対して不満を漏らしていました。

「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」と言った考えが日本よりもさらにわかりやすい形であり、旅をする一人の女として、とても複雑な気持ちになりました。

中央アジアの国々の中での差別

この後、ホームステイを終えカザフスタン アルマティに戻り、
「カラコルでホームステイをさせてもらった!」ということをホステルでできた友人に話しました。すると「お金目的なのではないか」ということを言われました。

ホームステイ先のお母さんはお金のことなんて何も言わなかったし、礼儀として、私はいくらか紙に包んで、お金だと悟られないよう渡しました。
ビシュケクで、ホームステイしないかと提案してくれた人は、「いくらか彼女に渡してくれないか」ととても言いづらそうに話していました。
本当にお金がないと、自分のプライドを取っ払ってでもお金を色んな人に要求するようになるけれど(インドでそういう人に何人も出会いました)彼らはプライドを持って日々の生活を送っていました・・・。

カザフスタンからみて、キルギスはかなり貧しい国で、多くの人が「危険だ」と思っているよう。実際危険な体験、不快な体験をする人も多いのでしょうが、そのステレオタイプがとても悲しいなと感じました。

もしカザフスタンからキルギスへ行く方で、カザフスタンの人に「キルギスは危険だからやめたほうがいい」と言われても、ぜひキルギスには訪れてほしいと思います。

おわりに

思えば、この時のホームステイの体験は、現在、自分が社会に対して感じている問題意識の基盤になっている感じがします。

そんな貴重で大切な、キルギス カラコルでの体験。
いつか、彼ら彼女らに恩返しができたら、と思います。

次回、カラコルのアニマルマーケット編に続きます!


最後まで読んでいただきありがとうございました♪
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